第5回「咲耶出版大賞」ご報告

第5回「咲耶出版大賞」の表彰

 平成28年度にスタートした「咲耶出版大賞」の第5回受賞者は、同賞選考委員会の厳正な審査により、下記のとおり決定しました。賞状とトロフィー、副賞として、賞金が贈呈されます。おめでとうございます!

<大 賞>
作品名:『ブロニスワフ・ピウスツキ伝―<アイヌ王>と呼ばれたポーランド人』
執筆者:澤田和彦氏(大R23、埼玉大学名誉教授)

<特別賞>
作品名:『最後の手紙』(アントニエッタ・パストーレ著)
翻訳者:関口英子氏(大IT38)・横山千里氏(大IT33)

<特別賞>
作品名:『母語をなくさない日本語教育は可能か 定住二世児の二言語能力』
編著者:真嶋潤子氏(大阪大学大学院言語文化研究科教授)

【選考委員】 (敬称略)

  • 顧 問
    赤木 攻(大TV15 元大阪外国語大学学長/大阪外国語大学名誉教授)
  • 委員長
    石野伸子(大D22)
  • 委 員
    東 明彦(大S26 院S11 元大阪大学外国語学部長/大阪大学名誉教授)

    脇坂洋子(大D 27 院前中北欧5 院後言語9)
    藤原克美(大R38 大阪大学大学院言語文化研究科教授)

 

【選考報告】

 ―会報『咲耶』31号掲載記事より―

東 明彦(院S11 大阪大学名誉教授 元 外国語学部長)

 卒業生や教員による2019年刊行の出版物を対象とした第5回「咲耶出版大賞」(外語精神溢れる作品の顕彰)の受賞者が決定した。大賞には、澤田和彦氏(大R23)(埼玉大学名誉教授)の『ブロニスワフ・ピウスツキ伝-〈アイヌ王〉と呼ばれたポーランド人』(成文社)が選ばれた。

 今年度も、専門性の高い学術書から、意義深い啓蒙書や読者の心に訴えかける翻訳書にいたるまで、優劣をつけがたい多彩な候補作9点が集まった。選考委員会では、4名の選考委員の各著作に対する評言をもとに、さまざまな観点から検討を重ねた。

 大賞に選ばれた澤田氏の著作は、川越宗一の直木賞受賞作『熱源』(文藝春秋、2019年)にも登場するポーランド人民族学者ピウスツキの日本滞在期を含む数奇な全生涯を丹念に調査した労作である。著者が長年にわたり研究調査した内容をまとめた大著で、その資料価値は高く評価されている。

 特別賞には、イタリアでの日本文学翻訳第一人者アントニエッタ・パストーレ(Antonietta Pastore、1977年来日、大阪外国語大学イタリア語学科客員教授等歴任)氏の小説Mia amata Yuriko (Torino, 2016)の日本語訳である関口英子・横山千里訳『最後の手紙』(亜紀書房)と真嶋潤子(大阪大学言語文化研究科教授)氏の編著『母語をなくさない日本語教育は可能か 定住二世児の二言語能力』(大阪大学出版会)が選ばれた。

 『最後の手紙』は、戦争で人生を翻弄された日本人女性の過去をその女性の甥の妻であるイタリア人女性「わたし」が掘り起こしていく小説の翻訳で、原作の良さを引き立たせる美しい優れた訳文は選考委員全員の高い評価を得た。

 『母語をなくさない日本語教育は可能か 定住二世児の二言語能力』は、編著者、共著者の長期研究プロジェクトの成果であり、具体的な調査事例をもとに、日本語と母語・継承語の状況を明らかにしており、文化的・言語的に多様な背景をもつ子供への教育実践や言語教育のあり方について貴重な提言を行っている。

受賞者感想文

 新型コロナウィルス感染症予防のため、例年「咲耶会総会」で行う表彰式が中止となりました。第5回「咲耶出版大賞」の大賞と特別賞を受賞された皆様には、表彰式でのスピーチに代えて、感想文をお寄せいただきました。

「咲耶出版大賞」大賞を受賞して

澤田 和彦(大R23、埼玉大学名誉教授)

 この度このように立派な賞をいただき、石野伸子委員長をはじめとする選考委員会の委員の皆様、関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。

 私は1971年にロシア語学科に入学しました。テニス部でテニスばかりしていましたが、恩師・法橋和彦先生に出会えたこと、武藤洋二先生をはじめとする先生方にロシア語の語学力をみっちり鍛えていただいたことを、今とても感謝しています。

 拙著『ブロニスワフ・ピウスツキ伝—〈アイヌ王〉と呼ばれたポーランド人—』(成文社)の主人公は、ペテルブルグ大学在学中にロシア皇帝アレクサンドル三世暗殺未遂事件に連座し、サハリン島に流刑となりました。この牢獄の島で彼は先住民ギリヤークとアイヌの言語を習得し、その民族学的調査を行いました。そしてアイヌの娘との間に一男一女をもうけます。1905年、日露戦争による日本軍のサハリン占拠の直前にピウスツキは妻子を残して島を脱出し、極東ロシア、日本、アメリカを経てガリツィア(オーストリア領ポーランド)に帰りました。しかしヨーロッパではアイヌ研究は正当に評価されず、学位をもたぬ彼は定職を得ることができないで困窮生活を余儀なくされました。1914年、ピウスツキは第一次世界大戦必至の気配を察してウィーンへ逃れ、さらに中立国スイスへ避難し、パリに流れつきます。そして1918年にセーヌ川で水死体となって発見されました。失意と孤独と亡命生活に疲れた末の自殺とされています。

 このように数奇な生涯を送り、優れた業績を顧みられることなく逝った人物の足跡を私は36年間追い続け、この本にまとめました。

 

「咲耶出版大賞」特別賞を受賞して

横山千里(大IT33)・関口英子(大IT38)

この度、私達が翻訳した「最後の手紙」が第5回咲耶出版大賞特別賞に選出されましたこと、大変うれしく存じます。石野委員長はじめ、選考にあたられた委員の皆様には心より感謝いたします。戦争と運命に翻弄されたひとりの日本人女性を、彼女の甥と結婚したイタリア人女性の視点で描いたこの作品の著者アントニエッタ・パストーレさんは、大阪外国語大学イタリア語学科に客員教授として在籍され、私達にとってはイタリア語をゼロから指導してくださった恩師にあたります。先生とのかかわりを通じて、イタリア人の温かさ、おおらかさに触れることができ、そして、人生において家族をとても大切にする彼らの文化が、日本の文化にも案外近いのだと気づけたことは、大学時代の素晴らしい経験です。今年の春、本作を広く知ってもらうための講演会や対談の企画をし、先生には久しぶりに来日していただく予定でおりましたが、その直前にコロナウィルスの問題が持ち上がり、イタリアも日本以上に深刻な事態に陥ったため、予定はすべて白紙となりました。私達も何十年ぶりかで先生にお目にかかれると思っておりましたので残念でなりません。でも、今回の受賞をお伝えしたところ、先生はとても喜んでくださいましたし、またコロナ禍にあってもお元気でいらっしゃいます。これを機に、またこの先へと希望をつないでいきたいと存じます。最後になりますが、出版社探しに行き詰まった私達に手を差し伸べ、表記や言葉遣い、広島弁の監修や文化の考証に尽力くださった亜紀書房と編集者の高尾豪さんにも深く感謝いたします。

「咲耶出版大賞」特別賞を受賞して 

真嶋潤子(大阪大学大学院言語文化研究科教授)

この度、拙編著『母語をなくさない日本語教育は可能か 定住二世児の二言語能力』が本年度の「咲耶出版大賞」の「特別賞」に選ばれたというお知らせを受けまして、誠にありがとうございます。執筆者を代表して、審査委員会の皆様はじめ、咲耶会の関係者各位に、心より厚く御礼を申し上げます。

日本社会で育つ外国につながる子どもたちへの日本語教育という喫緊の社会的課題の重要性は、益々注目されてきております。本書は、執筆者9名が8年余りに渡って、大阪府下の公立小学校で特に中国語とベトナム語を母語・継承語とする子どもたちの、二言語習得の縦断的調査結果を、大阪大学出版会から発信したものです。

執筆者のうち、友沢昭江、清水政明、櫻井千穂、近藤美佳、孫成志、乌日嘎(ウリガ)(敬称略)は、大阪外大/阪大言語文化研究科の修了生であり、 中島和子先生(トロント大学名誉教授)には本学の教育にも幾多の貢献をしていただきました。于涛先生は、貴重な日中両国の教育を熟知した小学校教諭です。編著者の私は大阪外大に職を得て四半世紀となる今年度、早期退職を致しますが、その最後の年にこのような栄誉を受けることができて、感謝にたえません。

調査に参加してくれた子どもたちをはじめ、大勢の研究協力者に感謝すると共に、本書が多くの読者の参考になり、定住二世児の二言語習得がうまく進むことを願って止みません。

この度は誠にありがとうございました。