1970年中国語学科卒業生4名雲南玉龍雪山に登る

(紀行文ではありませんが、大C18の伊藤俊彦さんから、同窓生4人で中国・雲南省 玉龍雪山に登った時の紀行文が寄せられましたので、ご紹介します)

大阪万博が始まった1970年に大阪外国語大学の中国学科を卒業した我々4名は、それぞれ日本と中国の経済分野での架け橋になるべく商社に就職し、会社からの派遣で、北京、上海、天津、広州等に駐在し、仕事で中国の5自治区、24省各地を飛び廻り活躍してきた。やがて定年を迎え、日本へ帰任し第一線からも退き65歳を超えた。そんな中の3名はなぜか雲南省だけは行ったことがないという事で、私が上海でまだ頑張っている事もあり、皆で雲南省へ旅行に行こうという事になった。

10月末、3名は成田から広州経由で雲南省の省都昆明へ、私は上海から合流した。昆明で中国人のガイドを雇った。当初我々は中国語が出来るから、日本語の出来るガイドでなくてよいと旅行社に依頼していたが、実際全日程アテンドしてくれたガイドは昆明大学で日本語を勉強し、ガイド歴13年になる日本語ペラペラの李さんだった。彼曰く昨年から激化した領土問題をめぐる政治問題の影響で日本からの旅行客が激減し、仕事がなくなり生活する為には中国国内旅行者のガイドもせざるを得なくなっている中、今回の我々へのアテンドは願ってもない機会だと率先してガイドに着いたとの事だった。

今回の雲南旅行の日程は、昆明から車で大理、麗江、シャングリラへ、飛行機で昆明に戻り、石林を見学する6泊7日の旅程だった。中でもハイライトは世界で観光客が行ける一番高い所、海抜4780mの玉龍雪山の展望台まで行く事であった。玉龍雪山は私は6年前の2007年に一度来ているので二度目である。今回の旅行は幸いにも天候に恵まれ、しかも気がねない同級生という事もあり、道中言いたい事を言いあい、飲み食いし、非常に楽しい有意義なものだった。

その中で一番印象深かった玉龍雪山を紹介する。玉龍雪山は海抜5760mあり、その途中海抜4600mまでロープウェイで行ける。麗江のホテルから朝7時半に出発し朝が明けたばかりの気温氷点下を公園区に向かう。途中、酸素ボンベ(酸素が圧縮缶に入れられ1本68元で販売)を購入する。何しろ富士山よりも高い海抜4600mから80m上の展望台まで自力で階段を上らなければならないので、65歳を超えた我々には必携のものである。ガイドの李さんは我々の年齢の事を心配してかしきりに、3200m程の展望台へ行くことを推薦する。しかし、どうせ上るのなら未経験の一番高い所へ挑戦しようとそのアドバイスを蹴った。

麓からは朝日に輝く玉龍雪山の一番高い峰もくっきり見え天気も味方してる事を喜び、エコバスに乗り換えロープウェイの入口へ向かう。私が前回来た時は国慶節の休暇中だったのでロープウェイを待つ観光客が一杯で長い列をなしていたが、今回は季節も11月初旬とあって待たずして一気に海抜4600mまで上がる。6名乗りのイタリア製のゴンドラの眼下には白く長く広がる万年の氷河が眺められる。ロープウェイの到着地は気温は零度近くだったが風もなく寒さは感ぜず、手袋なしでも大丈夫だった。

いざ4680mを目指し階段を一段一段ゆっくり上る。展望台まで300段ほど階段があり、普通の大人なら往復1時間程で行って来れる。我々はツアーではなく自由に時間が調整出来るので、自分の体力に合わせマイペースで上る。息苦しくなればベンチに座り酸素缶からエアーを吸う。そうすると頭もすっきりし、また元気が出てくる。

1時間掛けて4680mの展望台に到着。4名全員で記念撮影。紺碧の空を背景に五星紅旗が鮮やかにはためく。我々4名は満67歳が2人、66歳と65歳のロートルである。最初、血圧が高い人もおり、この高さまでの登頂を心配したが、無事に到着することが出来た。中国語を専攻した同級生4名がこんな歳になっても健康で世界最高地の観光地玉龍雪山に来れた事を心から喜び祝いあった。

2013年11月
伊藤 俊彦