外語マガジンsakuya

「研究者として生きる・その2」

『言語』とされるものの実態への探求、『ジェンダー』と自身の結婚。
女性ならではの視点で、歴史の中に描かれない女性の生き方を探る、研究とライフワークについて。
こんな時代だからこそ必要な外国語学部生の力についても話していただきました。

現在の研究について

今は主にどんな研究をされているんですか?
恩師とともに

恩師とともに

スワヒリ語の方言研究をしています。先行研究ではだいたいスワヒリ語方言は24タイプくらいに分けられる、って言われてるんですが、私が今やってるのはそれがホンマか?っていう確認です。1997年からタンザニアのザンジバル島の村落部での現地調査を続けています。
研究の一番の目的は?
言語って日本語もそうだけど『日本語』っていうときに私たちが思い浮かべるものって、やっぱり普段自分が喋ってる言葉だと思うのね。それって、人によってものすごく違う。だけど、ひとつの言語みたいに『日本語』って言われちゃう。スワヒリ語も同じで、『スワヒリ語』っていうと学生たちはここで習ってる『標準スワヒリ語』を想像するだろうけど、でも村のママからしたら『スワヒリ語』っていうのは自分が喋ってる言葉のことでしょ。そこにはやっぱりかなり違いがあるので、そういう重層的で複合的な存在の『ひとつの言語』とされているものの中身はどういうことになっているのか、有り様を明らかにしたい。
『スワヒリ』ってそもそもどういう意味なんでしょうか?
元々はアラビア語で「海岸の」っていうのを表す「サワーヘル」という単語からおそらく来ているだろうっていうのが、一番有力な説。もともとスワヒリ語っていうのは、アラビア語の語彙を、ものすごくたくさん取り入れていて(借用語彙という)たとえば「アサンテ」っていう「ありがとう」すらもアラビア語語源なのね。
えっ、そうなんですか?「アサンテ サナ」ですよね?
うんうん。そういうアラビアとの関係性でできあがってきた言語なので、内陸部の他のアフリカ言語とは、ちょっと趣が違います。
ダルエスサラームにあるティンガティンガ村にて

ダルエスサラームにあるティンガティンガ村にて

アフリカの言語っていくつくらいあるんですか?
アフリカ大陸の言語は、2000は下らないと言われている。
なんだって!?
(笑)スワヒリ語はその2000分の1です。
先生はそのうち何個しゃべれますか?
しゃべれるって言うのはどれくらいのレベルですか?(笑)
町の人と、世間話程度…
あーそれはスワヒリ語しかできんなあ。あいさつ程度なら、ケニアのギクユ語とー
ぎくゆ…?というかケニアってスワヒリ語じゃないんですね。
スワヒリ語もあるけど、他にもいろんな言語がありますよ。コンゴ民主共和国のリンガラ語、ナイジェリアのヨルバ語。スワヒリ語の他はこの3つくらいかな。あいさつして、「ごはんおいしいね」とか、「あたし、ナイジェリアに行ってみたい!」とか、そんなんが言えるのは(笑)。

研究のこれから

先生個人としては、文化・歴史・ジェンダーより、言語のことを研究している時の方が、テンションがあがりますか?
調査地の竹村先生のお母さん

調査地の竹村先生のお母さん 調査地で最もお世話になったおばあちゃんとともに

調査地で最もお世話になったおばあちゃんとともに

いや?そうでもないかなー。ジェンダーはとくに、自分の結婚を機に、すごく日本のジェンダーについても考えた。スワヒリ社会はイスラームの社会なので、いろいろ問題になっているようなことが見え隠れするんです。ただ誤解もかなりあると思う。─とくにそのステレオタイプの、たとえば一部のアメリカ人の思っているようなイスラームというのはかなり間違った見方やと思うけど―それでもやっぱりすごく男尊女卑的な要素はある。今まで、調査の中でおばあちゃんとかお母さんとか、村の人のライフヒストリーを10人以上聞いてきているのだけど、いつかそれをまとめて、向こうの女の人たちがどんなこと考えて、どんな生き方してるっていうのを、紹介したいなって。たぶんそっちが自分のライフワークになるのかなって思っています。歳取ってもできると思うんで。言語のちまちましたことは歳取ると面倒くさくなってやりたくなくなるかもしれないから(笑)
なるほど(笑)
おばちゃんとかおばあちゃんの話を聞くのは世間話的にいろいろ話せてすごく楽しいから、ずっとやれるんじゃないかなと。やっぱり歴史って、どうしても男の人が中心で描かれてきているものがほとんどだと思う。そのときに女の人がどういう動きをしていたのか、どんなことを考えていたのか、特に本当に下層の女性になると、まったく“歴史”から相手にされてないじゃないですか。国家史とか正史とかに現れない女の人たちの働きとか活躍とかいうものを、そういうライフヒストリーから見ることが出来れば、すごく良いんじゃないかなって思います。昨年の10月から副学部長になってしまって今とっても忙しいので、いつそういうことが出来るのかわからないけど…(笑)
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価値観は同じ
アフリカで出会った、学歴もない、いわゆる近代学校に一回も行ったことのない、イスラム社会の村で暮らしてるママが「男と女は違わないよね」って言ったことにすごく私は衝撃を受けて。「男が偉い偉いって言ってるけど、いや女だって同じように偉いよ」って。そうそう!本当そうよね!ってすごく思った。

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子どもが生まれて
すごく嬉しかったのは、結婚して子どもができて私がママになったとき、村のママたちに受け入れてもらえたこと。やっぱりそうならないと一人前に思ってもらえないんですよ。だからもう娘を連れて行ったりなんかしたら、上を下への大騒ぎ(笑)。ちなみに連れ合いは外大の朝鮮語専攻卒業生です。

すごく面白そうです…!先生にとって、アフリカ地域研究をやる意義って何でしょうか。
インタビュー風景
やっぱりアフリカ大陸自体が、ずっと“ネガ”で見られてきているでしょ。スポットがあたるのは欧米で、日本はずっとそっち(欧米)を見てきている。アフリカで何が起こっているのかっていう報道はされても、悪いことばっかり。良いことがあってもほとんど報道されないし(さすがにマンデラさんのこととかは色々取り上げたかもしれないけど)、知られていないのよね実態が。だからいつもドンパチやってるイメージでしょ?
うーん、そうかもしれません…。
「そうじゃないんだよ」っていう。やっぱり私が最初にアフリカに持った興味、そのままですよね。人が生きているところだから、普通の暮らしがあって、私たちとそう変わらないことを考えているはずなのよ。でもやっぱりイメージで、ドンパチやってる向こうでは実はものすごい牧歌的な生活をしてるんじゃないかとか、未だに家族が仲良く自給自足やって、とか漠然とそんな風に思ってるでしょ。そんなことないんだって!かなり物質文化を追求しているし、便利なものが欲しかったらそれを手に入れたいと思うし、欲深いし、別にみんな聖人君子みたいな人たちばかりじゃない。そういう当たり前のことを我々は知って、そこから学ぶべきことがあれば学ばせてもらう。日本人はこっちが上に立ってる感じを持ってるでしょ?遅れてる、とかなんとかって。でも、「ほんとにそれでいいの?」って思う。そこに気づける何かを、私たちが提供できれば良いかな。
実際に行ってみて、アフリカの人たちって実はこういう一面があるんだなって思ったことはありますか?
これはアフリカ研究者ならみんな言うことなんだけど、いい人がいれば悪い人もいる…っていうかそんなの当たり前のことなんだけど(笑)。日本人の持ってるイメージがすごい極端なんだよね。みんな物乞いしてくるんじゃないかとか、逆にみんな優しいんじゃないかとか。そりゃいい人だっているし、悪い人だっている。でも知れば知るほど、同じ人間としての付き合いは絶対できるって確信します。だから言葉が通じないからとか、文化が違うからとか関係なく(それはアフリカ大陸に限らずどこでもそうだと思うんだけど)男の人であれ女の人であれ“すっごく信頼できる友達”っていうのが私自身は何人もできた。言葉が違うと表現や考え方も違うとか、よく言うでしょ。でも、そんなことないよねって私は思ってて。割と通じるよねっていうのが、実は私のこれまでの経験からの今のところの結論。
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ある意味一番衝撃的
インタビュー風景

竹村先生の娘・凜ちゃん

息子が7歳、娘が4歳のとき、初めてタンザニアに連れて行きました。調査してる村に行くために、知り合いに預けなくちゃいけなかったんです。知らん外国人のおじさんが運転する車に2人乗せられて、母親と離れて不安になるかな、と思ったら「かあちゃんバイバーイ!!」って(笑)。おい!と思ったわ。

外国語学部生について

先生にとって「外国語学部生」のイメージって?
インタビュー風景
外国っていうものに恐怖を持ってないんじゃないかな。恐怖っていうのは、偏見というか、身構えるというか。もちろん日本とは違うから、何か怖いことがあるかもっていう身構えはあるかもしれないけど、だからといって向こうにいる人たちとコミュニケーションを取るのをためらうとか、そういうことはないですよね、外国語学部生は。壁を作らないって言ったら良いのかな。
卒業して、言語を生かして働かない人たちもいると思うんですが、ここでの学びはどういうところで生きてくると思いますか。
別に外国に行かなくても、日本にいたって壁を作る人は作るよね。でもそういうことがないんじゃないかな。だからどんな職場にいようが、コミュニケーションをとろうとする意欲が持てるはずだと思う。問題が起こっても切り開いていけるんじゃないか、立ち向かっていけるんじゃないか、と私は思っているし、そう信じたい。職場の潤滑油になるというか、何かが停滞したときに、自分のコミュニケーション力を使ってそれを打破する力を外国語学部生には持ってほしい。それは、外国語じゃなくても日本語でも同じことだから。だからまず日本語できちんと自分の意思を伝えられるようになるということが大切。それは外国語学部生だけじゃないけどね。誰にとっても大事なこと。
先生は、今の外語生にどんな風になって欲しいですか?
それは外大時代から変わらないですよね。やっぱり、人と人との結びつきを第一に考えてほしい。今はやられたらやり返すっていう考えで争いを解決するのを是とする人たちが日本の上層部に多いように思うので、人との付き合いってそういうことじゃないんだっていうのを、まずは理解できる人になってほしいな。国と国同士がもめてても、その国と人を同一視しない。ヘイトスピーチだとか、今すごくきなくさい世の中になっているけど、こういうときこそ外国語学部生、あるいは外大卒業生の力を発揮しなければいけないんじゃないか、という風に思っています。

「竹村先生に会いたい!」と思った方は、箕面キャンパスB棟7階、竹村景子研究室へ。

とっても気さくで、専攻を超えて楽しくお話ができる先生です。

次回更新は2月上旬です!

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