「『好き』を極めて生きる・その2」
油との出会いを果たした彼女が次に出会ったのは、92歳のおじいちゃんだった。
師弟関係のなかで学ぶ油の本質やあり方。同時にビジネスの形も模索した。
あふれんばかりの油愛と、人々の幸せを願う心を抱き、彼女は躍進を続ける。
- 小豆島と滋賀での出会いから、さらに油にのめりこんでゆくのですね。
- それで油屋になろーって思って(笑)。はじめはまだ日の目を見ていない日本各地・世界各地の良い油を仕入れて販売する、『油の伝道師』みたいなものになろうと思ってたんです。そのために仕入れる油をいろいろ探していたら、岡山県に一軒だけ、本当に古い製造方法で油を作ってる人がいるって話を聞いて。
- まさかその方が…
- そうです。私の師匠になるおじいちゃんです。その人の油を仕入れようと思って話をしに行ったら、当時92歳のおじいちゃんが、後継ぎがいないと言うんで、そうかあ、じゃあ私が搾るかあって。
- 軽い…!(笑)その場で決めたんですか?
- その場で決めました。そのときはシーズンオフで油を搾ってなかったんですけど、なんとなく工房からくる香りと雰囲気がすごい美味しそうで。師匠も良く笑う人だし、楽しそうに生きてるなって思ったんです。だからそのとき師匠が作る油を口にもしてなければ、製造工程も一切見てないけど、「この油が良い油なのは絶対に間違いない」と思って。「私が継ぎます!」って言ったら、師匠も「おおええよ」みたいな(笑)。
- ふたりとも軽い…(笑)
- そのときは知らなかったんですけど、どうもね、そんな感じのこと言う人が結構いたらしいんですよ。古いことを継ぎたいっていう人はゼロではなくて。ただみんな逃げていくんですよね。油を搾るだけでは生きていけないから。「どうせこいつもやりたいって言ってすぐいなくなるだろ」って師匠はそもそも信用してなかったみたいです。後継ぎっていっても、師匠は季節労働者で夏しか油搾らないんですよ。なので弟子になっても食ってはいけないから、師匠の油を継ぐは継ぐで、一本柱としてあって。そうではない別の事業を私は持たなければいけないなと思いました。この古いやり方の油を残すことだけが、油の未来を作るわけではないので。
- なるほど。そして修行はいつから始まったんですか?
- 会ったのが11月だったので、弟子入りしますって言ったはいいけど「次に搾るの来年の8月だよ」って。それまで、森の学校で働きながら、92歳のおじいちゃんが私のことを忘れてはいけないと思って、月1回くらいのペースで会いに行ってました(笑)。
- インターン時代の営業根性が役立っていますね。
- そうそう、あの時のが効いてます(笑)。回数会ってまずは人間として信用してもらわないといけないっていう。それと同時に別の事業構想を練っていました。師匠と一緒に作る油と、それ以外の良い油を仕入れて売るっていうのは簡単に浮かんだんですけど、どうにもつまらない。だから自分が搾るわけでもない、オリジナル商品を作ろうと思っていました。
- 自分が搾る“わけでもない”?
- そう。それが今日持ってきてるものなんですけど。
- わー!かわいい!
- これは、油同士をブレンドして作ってるオイルなんですよ。油のことを勉強していくなかで、たとえば菜種油とひまわり油とココナッツオイルって、お店に並んでても何がどう違うかわかんないじゃないですか。
- 何に使うのかもわからないです。
- そうなんです。私が見せたい油の部分はそこじゃないと思って。いちばん始めに出した商品はハーブオイルで、油のなかにハーブを漬け込んだものなんですけど、3種類のハーブオイルをそれぞれどういう風に使ってもらいたいか、あらかじめこちらが提案するようにしたんです。「あか」というハーブオイルは肉料理用、「あお」は魚料理用、「みどり」は野菜料理用っていう感じで。
- めっちゃいいですね!どうやって思いついたんですか?
- ハーブオイルっていうもの自体は割とたくさん出回ってるんです。ちょっとおしゃれな雑貨屋さんとかに行くと、オリーブオイルにローリエと唐辛子が漬け込まれているのとか。見つけた油は何でも買って食べるようにしてるんですけど、…軒並みまずいんですよ。
- まずいんですか!
- なんでまずいのかなって考えたときに、ハーブオイルって基本的に劣化した油をごまかすために作られていることが多くって、つまり再利用なんですよね。かつ、雑貨屋さんは専門家ではないから、油なのにめちゃくちゃ日が当たる棚に置いてたりとか、一体何ヶ月ここにあるんだろうとかで、酸化してしまってるものがほとんどなんです。だから作る側にも売る側にも愛情がなくて。それがすごい、腹が立つなあと。ハーブオイルってもっとうまいんだぞ、ってものを作りたいと思いましたね。
- なるほど…!そして試行錯誤しているうちに8月がやってきたのですね。
- 修行に先駆けて、森の学校を退職しました。勤務形態を変えてもらったりもしたんですが、やっぱり忙しくて、森の学校の仕事を続けながらでは、私の油計画が途絶えると思って辞めました。
- 修行はどんな内容だったんですか?
- ひたすら一緒に油を搾ってました。めっちゃ簡単に言うと、種を炒って焙煎して、搾油機っていうおっきな機械に入れて搾って、油にたくさんゴミが含まれているので、ごみを沈殿させるためにしばらく放置して、殺菌処理して終了って感じです。
more01搾らず効率的に油を手に入れる
いまスーパーなどで売られている安いサラダ油なんかは、搾油という方法を使っていません。抽出なんです。種をヘキサンという石油系の溶剤につけるんです。浸透圧みたいな感じでヘキサン側に種が持っている油分が引っ張られると、種が持っている油分は全部ヘキサン側に移ります。その後ヘキサンの揮発性を利用してヘキサンがすべて蒸発するまで加熱します。油はヘキサンより高い温度まで熱さないと蒸発しないので、その温度の違いを利用するんですね。残った油が、その種がもともと持っていた油全部になります。だから搾ってないんですよ。more02ヘキサンで抽出した油
美味しくないですよ。それが安い油の正体です。実は油をちゃんと搾ろうと思うと、油が本来持っている油分の半分も採れないんです。同じ1キロのごまからでも、昔からの搾り方だと300gしか採れないけど、抽出すればもっとたくさん採れます。歩留まり(原料の投入量から期待される生産量に対して、実際に得られた製品生産量比率)が全然違う。でも美味しくないです。 - 焙煎は何のためにするんですか?
- 味をつけるため、油の出をよくするためです。種の細胞を温めてほぐしてあげて、油が出てきやすくします。冷めたフライパンに油を引いても、とろーんって止まるじゃないですか。それが熱されるとどんどん広がっていく、あのイメージです。
- なるほど。師匠はどんな感じで教えてくれるんですか?
- 放置です(笑)。いよいよ今日から修行が始まるぞって日、「油を搾る工程で一番大事なのは焙煎だ。焙煎を失敗すると、美味しくないうえに油も出なくなる。いつ焙煎を止めて搾油機に入れるかのタイミングを見極めるのが大事だ。よし、じゃあ今日はお前焙煎やれ。」…えっ、その流れでいきなり!?みたいな(笑)
- 雑…!
- そうめっちゃ雑なんですよね。「とりあえず火、つけますか?」とか聞いて(笑)。「火つけてここに種入れて、あそこの電源入れたらファンが回って、種がちゃんと焦げ付かないように回るわけですね、なるほど。」って自分で言ったりして(笑)。
- 自分で確認していくんですね(笑)
- これ、いつが上げ時なんですかね?って聞いたら「潰してみたらわかる」とか言われて、そんなの初めてなのにわかるわけねーだろって(笑)。「とりあえず潰してみました」「んーちょっとはやい、もうちょっと」「わかりました。…まだですかね?」とかを繰り返して、師匠が今が良いっていうタイミングを覚えました。
- 今はもう潰したらわかりますか?
- もうわかります。でもやっぱり、種を作る人や場所、乾燥のさせ方によって表情が全く違うので難しいですね。
- すごい、作り手によって種そのものが違ってくるんですね。修行中一番辛かったことはなんでしょうか。
- 順調に貯金が減っていったことですかね。丁稚奉公だったので、お給料もらえるわけじゃないし、会社も辞めて収入はなくなっているので、ただただ減っていくという…。
- 修行を終えて、気付いたことはありましたか?
- 3ヶ月の修行だったんですけど、やっぱり油搾るのって楽しい、好きだなあってすごい思いました。昔ながらの製法って手探りで師匠が作ってきたものだから、一つひとつの作業にきちんと意味があるんです。油をつくるということの本質を学べたことが良かったなあと。あと、メディアがすごい食いつきました。92歳のおじいちゃんに26歳の女の子が弟子入りして油搾ってるってテレビがたくさん来て。
- テレビ的には恰好のネタですもんね。師匠の言葉で、むむっこれは、みたいな名言ってありますか?
- よく聞かれるんですけど、ないんですよね。「感動した言葉は?」とか。ゆるいしすごい気分屋なんですよ。雨の日は機嫌悪い(笑)。
- 修行後は何をされてたんでしょうか。
- そこでやっとハーブオイルの販売に漕ぎ付けました。オリジナルオイルと師匠と一緒に搾った油をラインナップにして、オンラインショップをオープンさせて、営業をしました。
- そのあたりから大林さんの事業「ablabo.」がスタートするわけですね。
- そうですね、一応公式スタートは機械を導入して工房を立ち上げた2015年4月ということになっています。
- 機械も買ったんですね!工房立ち上げにあたって、師匠に何か相談はされたんですか?
- 別にしてないですね。なんだったら私が自分で機械入れたのも師匠はテレビで知ったぐらいです(笑)。
- えええ!?
- 「お前機械買ったのか」「そうなんですよ」って。
more少量の種も油に
師匠の持ってる機械とは搾る原材料が違うんです。師匠の機械は菜種油だけを1時間で60㎏くらい連続的に搾るものなんですが、私の機械は種であれば何でも搾れるんです。ただ、1時間で2・3㎏くらいしか搾れないです。でもそこは市場の違いで、私は少量の貴重な油を搾るのが目的なんです。あと、農家さんからの種の持込みも受け入れてます。家にある種の扱いに困っていたら、少量でも油にしますよというものです。最近えごまがブームになったこともあって、作ってみたけどどうしたらいいの?って人が結構いるんですよね。 - (笑)。2015年の8月もまた搾りに?
- 行きました。2年目からは師匠のところで油を搾る日をこちらで指定して、スケジュールを提示しました。ablabo.の仕事もあるのでこの日程でこれだけの作業しますね、って(笑)。
- なるほど(笑)でも師匠からしてみれば2年連続で来たぞという感じですよね。
- そうなんです。それも初めは女の子だから力仕事できないだろって決めつけられてて。でも、油の入った一斗缶も持つし、一袋30kgの種も普通に運んでると「お前、やるな」みたいな(笑)。
more認めてもらえた瞬間
あるとき急に師匠がメディアの前で言い始めたんです。よく取材で『弟子から見た師匠、師匠から見た弟子』みたいな映像を撮られるんですけど、そこで師匠が「始めはなぁ、すぐ辞めると思ったんじゃ」って言ってて、「え、初耳!」みたいな(笑)。「でもやらせてみたらすごい一生懸命だし、油のことが好きだからっていうのもあって、いろいろ考えながら作業してるのが分かる。いいんじゃないか」って。そんな風に思ってるんだって思いましたね。普段ひたすら褒められるのは“意外と力持ち”ってとこなんですよね。その度に私は「師匠、私は力持ちなんじゃなくて、自分の力の使い方を知ってるだけです」って答えてます(笑)。 - 今後はどうなっていきたいですか。
- とりあえずablabo.をもうちょっと大きくしていきたいな。大企業にしたいわけじゃないんですけど。私が叶えたいことって緒方貞子さんに憧れていたときと結局変わらなくて、少しでも多くの人が笑顔で暮らせる世の中になればいいなっていうことなんです。だから私は油で人を幸せにしたい。緒方さんは人道支援・難民支援という方法を使って人を幸せにしようとしているけど、私の場合はそれが油という方法に変わっただけだと思っています。どうやったら油で幸せになってもらえるかなって一生懸命考えていたら、美味しいものを好きな人と一緒に食べられたらそれで幸せだよねってすごく思うようになって。ただ、その美味しいものの原材料を作る過程で苦しんでいる人たちがいちゃいけないなとすごく思うので、これから農業に関してもきちんと向き合っていきたいです。でも私ひとりで幸せにできるのなんて、本当に自分の半径5mくらいの狭さにいる人だけなんですね。だから一緒に油で人を幸せにしようと思ってくれる仲間が欲しい。仲間が増えれば、その仲間の半径5mにいる人も幸せになって、大きな輪になっていけばいいなって。
- 学生時代のことで今、役に立っていることは?
- 借金背負ってよかったんじゃないかなってことかな(笑)月2万ずつ返済したので、返すのに3年半くらいかかりましたけど…大学卒業したら奨学金の返済も始まったし…。
- 奨学金はまだありますか。
- まだあります。
- 大変ですね(涙)
- ねえ(笑)。でも借金背負っても生きていけるし笑ってられるんですよ。それが分かったことが大きな経験ですね。
- 大林さんにとって外国語学部生っぽいって何でしょうか。
- 国際関係専攻は後輩が阪大法学部だったので、ゼミとかで一緒になることもあるんです。そこで卒業したらどうするのって話になったときに「西粟倉ってところに行って、カフェの店長するんだー」というと、「え、なにそれ、大丈夫なの…?」みたいに心配されるんですよね。でも外語の友達に同じことを話すと「えー!面白そうだね!!」みたいなリアクションなんですよ(笑)
- それがすべてを物語っている感じがしますね。
- そうなんですよ。もうその反応で十分って感じです。
- 最後に現役外国語学部生にひとことお願いします。
- 好きに生きればいいんじゃないかな!卒業したら就職しなきゃとか、決められた選択肢の中でしか就職活動しちゃだめとか、つまんなくないですか?(笑)人によると思うんですけど、服屋さんに行って服を選ぶのが好きな人もいれば、布屋さんに行って、こういう布でこういう服を作って着たいな、っていうのを実現するのが楽しい人もいる。たぶん大多数は服屋に行くのが好きなんだと思うけど、自分が好きなことを選択すればいいし、今やっていることに違和感を感じるなら、もっと違う何かに目を向けてみてもいいんじゃないかなと思います。借金背負っても生きていけるから、別に会社に入って固定収入なくても生きていけるよ!
師匠との出会い
オリジナル商品の模索
修行期間
自分の工房を持つ
これからのこと
外国語学部生のこと
「大林さんに会いたい!」と思った方は、
こちらへ→http://ablabo.org/
大林さんが参加されるイベント情報などが掲載されています。
また、サイトではablabo.の商品が購入可能です。
丁寧に作られた油やブレンドオイルを味わってみたい方はぜひお試しを!
favorites
Click Photos
-
これは「sakutto」といいます。お菓子作りのときにバターの代わりにこのオイルを使うと、焼き菓子がサクッとしあがるよっていうことで、「サクッと」って名前になりました。
-
こっちはサラダ用、基本生食用です。塩とこのオイルを和えるだけで十分ドレッシングになりますよ、というものです。これは私が開発して初めて試作の料理を作ったときに、そのお料理がすごいキラキラして見えたから「Kirari」です。オレンジが入ってるんですよ。
-
師匠と搾っている「正菜種油」リピーターのお客さんの分でほぼ売り切れて現在は在庫がありません。買えないと思ってもらったほうがいいかも...。
-
基本的に頭の中は24時間365日『油』なわけですよ(笑)。いろんなものを見ながら、もっとああだったらいいのにとか、こうだったらいいのにとかをイメージすると、新しいお仕事に繋がっていきます。私にとって油とは?「人生」です。
-
一般向け商品は現時点で7種類です。「sakutto」、「Kirari」、師匠と搾ってる「正菜種油」、ハーブオイルシリーズ「あか」「あお」「みどり」、新ハーブオイルシリーズ「あかね」。前回のハーブオイルが素材別だったのに対して、今回は時間別シリーズです。朝昼晩それぞれ体が欲しがっている栄養素や風味は変わるということに着眼しています。ひとまず「あかね」は、夜ご飯用です。ほかに各飲食店さんにオリジナルのブレンドオイルを卸したりもしています。
-
『初代油姫』にしたのは、それはもちろん2代目が欲しいからです。姫じゃなくてもいいんです。2代目油姫の理想形はオネエなんです。オネエのメンタルは強いですからね。なんなら私は30歳で油姫の名前を捨てるので。そして私は『油の妃』になります。40歳で『油の女王』になって、60歳までいったら『油の神』名乗っていいかな、みたいな人生計画はあります。
お楽しみに!