第7回「咲耶出版大賞」ご報告

「咲耶出版大賞」について

 「咲耶出版大賞」は咲耶会によって2016年に創設されました。過去1年間(1月~12月)に卒業生や教員などによって書かれた著作を対象に毎年春に募集を行い、応募作品の中から、卒業生と教員数名で構成する選考委員会で受賞者を決定しています。賞状とトロフィー、副賞として、大賞賞金5万円、特別賞1万円が贈呈されます。例年、秋の総会で表彰式が行われます。応募要項については、毎年3月初旬に咲耶会ホームページに掲載しています。

第7回「咲耶出版大賞」の表彰

 今回の「咲耶出版大賞」の受賞者は、同賞選考委員会の厳正な審査により、下記のとおり決定しました。誠におめでとうございます。
 新型コロナウィルスの感染防止のため、2020年度、2021年度につづき、表彰式は中止となりました。第7回「咲耶出版大賞」の受賞者の方には、表彰式でのスピーチに代えて、感想文をお寄せいただきました。

< 大 賞 >
作品名:『泥の裾』(在大阪・神戸インド総領事館発行)

 原著:『マイラーアーンチャル』  著者:ファニーシュヴァルナート・レーヌ
翻訳者:三木雄一郎(大IP31)

< 特別賞 >
今回は選出なし

【選考委員】(敬称略)

顧問:赤木 攻(大TV15・元 大阪外国語大学学長)
選考委員長:石野伸子(大D22)
選考委員 :東  明彦(大S26・院S11/大阪大学名誉教授・元外国語学部長)
      脇坂洋子(大D27・院前中北米欧5・院後言語9)
      藤原克美(大R38/大阪大学・言語文化研究科 言語社会専攻教授)

【選考報告】

—会報『咲耶』33号掲載記事より―

選考委員 脇坂洋子(大D27、院後期言語9)

 卒業生や教員によって執筆・翻訳された出版物を対象に外語精神溢れる作品を顕彰する「咲耶出版大賞」の第7回受賞作品が決定した。三木雄一郎氏(大IP31)が翻訳された『泥の裾』(原著ファニーシュヴァルナート・レーヌ作『マイラーアーンチャル』在大阪・神戸インド総領事館発行)が大賞に選ばれた。特別賞の選出はなかった。
 今回も、時事的な問題に関する鋭い考察、実用的な語学学習法、芸術作品紹介、学術的な研究を一般読者向けに書かれたもの、意欲的な翻訳作品等、多彩な10作品が寄せられ、選考委員がさまざまな観点から討議を重ねた。
 大賞に決定した「泥の裾」は、インドの貧しい小さな村を舞台に、母なる大地の裳裾で土にまみれて生きる人々の生活をパノラマ的目配りで、あますところなく描き出している。
 次々と登場する人物の名前や関係を整理しながら読み進むうちに、独立インドの負の側面を背景に、遅れた農村に生きる人々の生活風景が鮮やかに立ち現われてくる。卑小な庶民達の争いの場面では、現代インド映画の群舞さながら人々が躍動し、あるいは、古代叙事詩の神々の争いの香りすら漂わせる。
 独立後50年代のインド文学の大きな潮流の一つに「地方文学」がある。濃密な地方色を持ち地域性そのものを大きなテーマとする小説をヒンディー文学史上では「地方小説」と呼ぶ。日本では紹介される機会の少ないジャンルだが、レーヌの作品はその代表作である。
 一般的な商業出版界では世に出ることが困難であったろうレーヌの作品を、在大阪・神戸インド総領事館からの支援により、日本の人々に知らしめる機会を提供した三木氏の功績は大きい。ヒンディー語からの翻訳については、三木氏の恩師にあたる溝上富夫名誉教授から高い評価が寄せられている。
 大学卒業後30数年を経て、労作を刊行された三木氏の情熱とチャレンジ精神に敬意を表する。

【受賞者感想文】

 「咲耶出版大賞」を受賞して   

三木雄一郎(大IP31、1983 年インド語学科卒)

 このたび、拙訳が思いがけず賞を頂戴し大変驚いています。「泥の裾」(1954)はヒンディー近代文学を代表する小説のひとつで、インド独立をはさむ1946年から48年の北インドの一農村を舞台としています。フィクションではありますが、当時のビハール州における地主と小作の関係、カースト間の相克、農事、政治運動、男女関係、医療、民衆芸能や俗信など農村生活のあらゆる局面を克明に描いています。
 私は1982年に旧外大の卒業論文を書くために初めてこの作品を読みましたが、今は亡きマーラヴィーヤ先生の手厚いご指導にお応えすることができず、そのことを長く恥じていました。今でいうリベンジのつもりで、大阪府立高校在職中の1993年夏からこれを日本語訳する作業に取りかかりました。理解の及ばぬ箇所ばかりでしたがヒンディー語科の先生方にひとつひとつお尋ねし、またそのお計らいで94年冬にはビハール州の詩人である故ラートウル氏に作品のモデルとなった村を案内していただきました。その訪問が弾みとなり訳を完成させることができました。出版は半ばあきらめていただけに、昨年インド総領事館のご厚意により本になったことを大変有難く思っています。
 近年インドは急激な経済発展で注目を浴びています。華麗なインド映画の虜となった方も多いことでしょう。この小説はそれとは違う古いインドを描いたものですが、新しいインドの理解のためにも資するものがあると考えます。読みづらい作品を最後まで読み通して下さった選考委員の先生方に深く感謝致します。

【事務局より】

 今回の大賞作品『泥の裾』は非売品です。お読みになりたい方は、咲耶会事務局に寄贈分が6冊ありますので、メールまたは電話でご連絡ください。また、どうしても入手したい方は、咲耶会事務局までお申し出ください。ご相談に応じます。