第6回「咲耶出版大賞」のご報告

「咲耶出版大賞」について

 「咲耶出版大賞」は咲耶会によって2016年に創設されました。過去1年間(1月~12月)に卒業生や教員などによって書かれた著作を対象に毎年春に募集を行い、応募作品の中から、卒業生や教員4人で構成する選考委員会で受賞者を決定しています。選考結果については、会報『咲耶』で公表、例年、秋の総会で授賞式が行われます。受賞者には、賞状とトロフィー、副賞として、大賞賞金5万円、特別賞1万円が贈呈されます。応募要項については、毎年3月初旬に咲耶会ホームページに掲載いたします。

第6回「咲耶出版大賞」(2021年度)の表彰

 今回の「咲耶出版大賞」の受賞者は、同賞選考委員会の厳正な審査により、下記のとおり決定しました。誠におめでとうございます。
 新型コロナウィルスの感染拡大により、2020年度につづき、授賞式は中止となりました。第6回「咲耶出版大賞」の大賞と特別賞を受賞されたお二方には、表彰式でのスピーチに代えて、感想文をお寄せいただきました。

<大 賞>
作品名:『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』(出版社:KADOKAWA)
執筆者:春名幹男(大D17/国際ジャーナリスト)

<特別賞>
作品名:『百年の記憶と未来への松明(トーチ)―二十一世紀英語圏文学・文化と第一次世界大戦の記憶』(出版社:松柏社)
執筆者:霜鳥慶邦(中北欧大E47・院前中北欧3・院後言語5/大阪大学大学院言語文化研究科准教授)

【選考委員】 (敬称略)

  • 顧 問
    赤木 攻(大TV15/元 大阪外国語大学学長)
  • 選考委員長
    石野伸子(大D22)
  • 選考委員
    東 明彦(大S26・院S11/大阪大学名誉教授・元外国語学部長)

    脇坂洋子(大D27・院前中北米欧5・院後言語9)
    藤原克美(大R38/大阪大学言語文化研究科言語社会専攻教授)

 

【選考報告】

 ―会報『咲耶』32号掲載記事より―

石野伸子(大D22 /選考委員長)

 卒業生や教員による2020年刊行の出版物を対象とする「第6回咲耶出版大賞」の受賞作品が決定した。大賞に選ばれたのは春名幹男氏(大D17)の『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』(KADOKAWA )。
 6回目を迎えた今年も、学術書から翻訳本、絵本、実用書など多彩なジャンルの作品14
点が寄せられたが、今回は4人の選考委員がそろって「充実した内容で読むのが楽しかった」と感想を述べた力作ぞろい。
 その中から選ばれた『ロッキード疑獄』は、共同通信ワシントン特派員などをつとめた国際ジャーナリストの著者が、15年の歳月をかけて事件の深層に迫った労作。すでに大宅壮一ノンフィクション賞(2021)の候補作に選ばれるなど高い評価を得ている。事件の背景にあるものは何だったのか、時代をへて初めて見えてくるものもある。公開された英文の公文書などを読み込み、日米外交の裏側に潜むものを追求する筆致は「抜群の読み応え」。「まさに現代史を読み解く快感がある」「多くの同窓生に薦めたい」と強い支持を集めた。
 特別賞は霜鳥慶邦氏(院後言語5・大阪大学大学院言語文化研究科准教授)による『百年の記憶と未来への松明(トーチ)―二十一世紀英語圏文学・文化と第一次世界大戦の記憶』(松柏社)。100年前の戦争の記憶を、カナダ、オーストラリア、パキスタンなど幅広い国に視点を広げ、各国の現代文学につなげることによって、この100年で取り残されてきた世界の課題を浮き彫りにする。テロ・移民・難民・先住民。戦跡や記念碑など筆者が各地で撮影した写真も豊富で、著述への理解を助けてくれる。

受賞者感想文

「咲耶出版大賞」を受賞して

春名幹男(大D17 、国際ジャーナリスト)

 小さいころから「この世は理不尽」と思って生きてきた。スペイン風邪で孤児になった父親は苦学し、旧制大学で国家主義の哲学を学んだ人。決して共産主義者ではないが、戦後レッドパージされる不条理な目に遭った。
 私は外大を出て共同通信に就職し、ジャーナリストこそBeruf(ドイツ語で天職)と信じた。卑しい言葉だが「特ダネ」を追いかけてきた。ある「日米密約」を発見して、外務省の有識者委員を務めたこともある。
 取材は「核」と「インテリジェンス」を楕円形の二つの中心課題として進めた。今回受賞した『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』はインテリジェンスの分野に入る。
 16年前、ワシントンの民間調査機関アナリストの畏友が「大変な文書を発見した」と教えてくれた。キッシンジャーが「ジャップが上前をはねやがった」と発言した会談録だった。それが取材のきっかけだった。
 田中角栄が首相在任中の日米関係を米国立公文書館やニクソン図書館で調べた。「日中国交正常化」や「石油ショック」でニクソンとキッシンジャーが田中と対立、田中を「嘘つき」とひどく嫌っていた事実が分かった。
 続けて、ロッキード事件発覚後に、証拠のロッキード社資料が東京地検特捜部に提供されるまでの経路を追い、その裏でキッシンジャーが仕掛けをした秘密を明らかにした。
 他の陰謀論の誤りを確認し、これが真実、と確信しました。同盟関係であっても、前首相さえ、自主外交ゆえに失脚させられる。そんな歴史的不条理を暴いています。選考委員の方々にあらためて感謝します。

 

「咲耶出版大賞」特別賞を受賞して

霜鳥慶邦(中北欧大E47 院前中北欧3 院後言語5、大阪大学大学院言語文化研究科准教授)

 この度は咲耶出版大賞特別賞にご選出いただきまことにありがとうございます。選考委員会の皆様、咲耶会関係者の皆様に、厚くお礼申し上げます。
 拙著『百年の記憶と未来への松明(トーチ)—二十一世紀英語圏文学・文化と第一次世界大戦の記憶』は、第一次世界大戦100周年(2014-2018年)をめぐる世界的動向を踏まえた視座から、イギリス、アイルランド、カナダ、オーストラリア、ベルギー、パキスタンといった世界の複数の地域の現代文学・文化における大戦の記憶の諸相を考察する研究書です。
 私は、10年以上の歳月を費やして、ヨーロッパのフランドル地方とソンム地方、トルコのガリポリ半島の戦跡をはじめ、大戦に関与した国々を旅しながら、大戦をテーマにした文学作品を読みながら、地域と時代を越えて大戦の100年の記憶を探究してきました。このような国境に縛られない自由な研究スタイルの基盤には、世界の様々な言語と文化が身近に共存する母校の知的環境が大きく影響していると強く感じています。本書は、私なりの「外大精神」をたっぷりと詰め込んだ1冊になっています。
 本書には現地の珍しい写真も多数掲載されています。世界の諸地域を旅する感覚で、様々なかたちで継承されている戦争の記憶の今日的意義と課題について考えてもらえる機会を提供できれば幸いです。
 新たに生まれ変わった母校の新キャンパスと同様に、私もフレッシュな研究を続けていけるように、今後も努力していきたいと思います。